<   2010年 01月 ( 22 )   > この月の画像一覧

 

またまた

またも、多摩六都科学館へ。

この間行ったときに休憩室があるのを見つけたので、今回はランチ持参で。といっても思いついたのが今朝のことなので、食材不足でお弁当は作らず。コンビニ寄ってパン買って行きました。この手抜きっぷり、さすが私。
昼前から遊び始めて、あちこちでボタンを押したりブロックを積んだり穴をくぐったり。少しずつ展示内容を覚えてきてるようで、後から「○○もう1回見る」とか言ったりして前の展示室に戻ったりもします。


年度区切りで年間パス(友の会会員)を募集してるそうで、これだけ通うんなら来年度は年間パス買おうと堅く決意してるのですが。。。それまでに通いすぎて飽きちゃうんじゃないか?と密かに心配したりもしています。

そうそう。屋内の施設の年間パスポートを1つ持っておくと、子連れには助かるんじゃないかなーと思ってます。雨の日、暑い日、寒い日。。。外遊びできないときに、入場料を気にせず気軽に出かけられる場所があるのってとても便利そう。チビはこの科学館でしばらく楽しんでくれそうです。
[PR]

by studio-yaya | 2010-01-31 22:32 | おでかけ | Trackback | Comments(0)  

「納棺夫日記」 青木新門 著

映画「おくりびと」の元となった本。
図書館で予約して待つこと数ヶ月、やっと読めました。

納棺師という、あまり人に知られていない仕事。好かれない、忌み嫌われる仕事。その仕事の中で出会った様々な死の場面を淡々と描いている。時折引用される宮沢賢治の詩が美しく静かで響いてくる。

映画の中でもこの本の中でも、主人公は「けがらわしい」という言葉を投げつけられていた。でもそのけがらわしい人に死後はお世話になる。誰もが、けがらわしいと呼んだ人によって棺に納められる。それでも、忌み嫌うのだろうか。

時には死後数ヶ月も経って蛆の湧いた死体の処理もするそうで、映画で見たような美しい儀式的な納棺ばかりではないようだ。しんどい仕事。

この本だけを読んでいたら、暗い気持ちになっていたと思うけれど、映画で美しい景色と静かに死者を送り出す様子を見ていたので、受け入れられた。


ちなみに、宗教的な死生観について書かれた文、ご自身の満州~帰国までの様子を書いた文も収められています。元々は詩人であったという著者、納棺師という仕事を通して様々な思いがあっただろう、と感じます。

★★★
「納棺夫日記」

納棺夫日記 (文春文庫)

青木 新門 / 文藝春秋


[PR]

by studio-yaya | 2010-01-29 22:56 | | Trackback | Comments(0)  

文句言いながらも見てしまう人

某経済評論家がテレビに出ていた。
初めはどんな人なのかな?とミーハーにも1冊だけ本を買ってしまったけど、だんだん好きじゃなくなってきた(^^;

テレビに出るようになって、人目にさらされることで芸能人の方々はどんどんキレイになっていく。でも貴方はそれを目指さなくても良いのでは?と思うのは私だけだろうか。メイクやファッション、立ち居振る舞いから話し方、笑顔の作り方まで、テレビでの印象アップのために色々と頑張っているんだろうなぁと思う。でもその努力、そしてそれがまだ身についてない感じが見えてしまうのがイヤなの。笑顔が怖いの。昨日のテレビじゃ往年の大女優のように顔にバチーンとスポット照明を当ててあって。いやー貴方はそういう努力しなくていいんじゃないの?そういう路線じゃないでしょ?と思っちゃう。テレビに出る以上はそういう努力をするのが義務なんだろうか?

そして、再婚するとしたら?の条件の1つに「自分以上の収入」を上げていたのにはびっくり。男にとって重要な要素は仕事、そこでどれだけ努力しているかを客観的に見られる一番の指標が収入だ、だからそれが自分以上であって欲しい、と。なんだか「やまとなでしこ」で主人公が言ってたセリフと似てるなぁ。
自分以下じゃだめなの? 万が一一方が仕事を失っても家族が食べていけるだけの収入があれば充分じゃないの? それか、それだけ(知らないけど多分いっぱい)稼いでるんなら、若いイケメンを捕まえて専業主夫になってもらうとかそういう世間と違う選択肢もアリかと思うんだけど、だめなの?


あー文句言いながらも見てしまうのはやっぱり彼女が時の人だからだろうか?
[PR]

by studio-yaya | 2010-01-29 00:21 | テレビ | Trackback | Comments(0)  

お金があったら何が欲しいですか?

発言小町より。
50万円
300万円
1000万円
あったら何が欲しいか?それぞれ1つだけあげてみて。

。。。意外と難しいね(^^; 漠然とお金欲しいなー、あればあるだけいいなー、宝くじ当たらないかなーなんて思ってるけど、それじゃそのお金を何に使うの?と聞かれると、ぱっと出てこなかったりして。

50万円。。。贅沢な国内旅行、かなぁ。
300万円。。。これは海外旅行かな。ビジネスクラスにアップグレードとか、オプションつけまくって贅沢に、トルコへ行きます。
1000万円。。。世界一周クルーズっていくらくらいするんだろ?そういうのもアリ? 現実にはローン返済か。

ブランド物には詳しくないし、美食だって安くて美味しいものが沢山あるもの、高級レストランじゃなくてもいいし。意外に欲しいものって思いつきません。洋服だってこんなに大金はたくほどの値段じゃないし。
可能なら、時間を買いたいです。仕事に育児に趣味に費やせる時間。


宝くじが当たったら。。。というのも夢見ます。が、日本の宝くじの1億円とか3億円とかって仕事を辞めて優雅に暮らせるほどの金額ではないのよね。仕事を辞めてつつましく暮らすか、仕事を続けつつ優雅に暮らすか、のどちらか。それなら仕事を続けながら優雅に暮らします、私。

億単位のお金が当たったら、もう1軒家を買っちゃうな。街で遊ぶとき用に都心にマンションを買うとかどうかな? 六本木とか青山とかお台場とか。

ラスベガスで何十億とか当たったら?
金額が大きすぎて、想像できません(^^; 多分豪邸を買っても使いきれず、なじめないでもてあますだけだろうから、多分、寄付とかそういうのに回しちゃうと思います。基金を作って困ってる人たちを援助するとか、難病の研究基金とか、母校に奨学金を作って優秀な生徒のサポートをするとか。


お金使いきれないんだよね、まじで。
なんてセリフ、言ってみてぇ~!
[PR]

by studio-yaya | 2010-01-27 22:04 | 日々のできごと | Trackback | Comments(0)  

「おひとりさまの老後」 上野千鶴子 著

何年か前に話題になったそうですね、この本。

「おひとりさま」という言葉が定着しつつあるこの頃。メディアで取り上げられるのは若い独身女性ばかりだけど、若い独身女性はいつかは若くない独身女性になるわけで、そして老いていくわけで。
現在シングルで老後を「おひとりさま」で過ごすであろう著者が、周囲の友人や先輩おひとりさまのエピソードを交えつつ、老後に向けて物心両方の準備を語っている。
冒頭に書かれているとおり、今は結婚していても離婚することもある。死別することもある。いつかはおひとりさまになるんだから、その心の準備はする必要があるだろう、と。たしかに。夫婦そろって交通事故で死ぬようなことでもない限り、一方が先に死ねば一方は一人で残されることになる。


一人でいるのが好きでも、孤立しないこと。
有料老人ホームについては、高い金を積んだからといって優れたケアを受けられるとは限らないこと。それを知っていれば、何千万もの入所金を貯める必要はない。介護保険を使って訪問介護などのサービスを受ければ充分。

落ち着いて一つ一つ考えれば、普通の収入があればひとりでも老後は暮らしていけるらしいことが見えてくる。

ただし、突然おひとりさまになった人は、一人の寂しさとの付き合い方を知らない。そこはずーっとおひとりさまだった人の方が上手。一人いること=寂しいことではない。一人の時間を充実させている人は決して寂しくなんかない。

家族といることが幸せだとは限らない、と、著者は家族という幻想をバッサバッサと切り捨てる(^^; 共依存の関係に陥らず、子は「何かあったら手伝うよ」と親を気遣う心を持ち、親は「ありがとう、でも大丈夫よ」と言える自立心を持つ。それができないと、同居して嫁姑でもめたり介護疲れで家族まで倒れたり時には手にかけてしまったりという悲劇が起こる。

一人で生きるにはそれなりの覚悟がいる。本当は誰もが一人で、誰もがその覚悟をしていなくちゃいけないのに、皆「家族がいるから」なんて言って一人ぼっちじゃないと勘違いして、孤独なんて見て見ないふりをしている。
でも、いつかは一人になる。

私は家族のいる身なので、著者の境遇とは違うけど、でも参考になる意見も多々。
自分の人生は自分でコントロールして、責任も自分で負う。後始末のことも、想定できることについては手を尽くしておく。家族のせいにして愚痴るなんてみっともない。納得できる環境、人間関係を作り上げるか、それができないなら家族なんて解散してしまえ、だと。著者の言い方は挑発的ではあるけど、まぁそうだろうなぁと思う。ただ、著者はおひとりさまは友人といい関係を作っておくべきと言っているけど、私なら友人とも家族ともそういう関係を作りたい。それができれば家族持ちは幸せなものだ。おひとりさまの気ままさとは違うだろうけど。


ユーモア交じりに、私達が考えないようにしている老いや孤独、介護や死について厳しい言葉を投げかけてくる。とてもとても面白い本でした。

★★★★★
「おひとりさまの老後」

おひとりさまの老後

上野 千鶴子 / 法研


[PR]

by studio-yaya | 2010-01-27 00:28 | | Trackback | Comments(0)  

げーせんkid

イオンモールに買い物に行ったところ、チビが「遊ぶの~」とごねる。
赤ちゃん連れのための休憩室があり、ここにはマットを敷いた小さなコーナーがあって小さな子が遊べるようになってるんだけど、そこに行こうとすると「違うの、あっち」と別の方を指す。
あーそうか、とおもちゃ売り場に行くと「違うのー」と言い、結局着いた先はゲームコーナー。

ゲーセンの入り口近くには、100円入れると動く車とかの小さな子向け遊具が並んでるんですね。チビのお目当てはここにあるアンパンマンやトーマス。
チビはアンパンマン達に乗れるというだけで嬉しいようで、あっちの車、こっちの電車、と忙しく乗り込んではハンドルを回してます。もちろんお金なんて入れませんよ(^^; 一度味をしめたらこの先大変そうだから、まだお金を入れたことはないのです。お金のかかることはなるべく教えないようにする我が家。
でも、「お金を入れれば動く」ということに気づいてきている様子(^^; 他の子が乗ってるのを見て分かってきてるようで、そろそろヤバいです。


ゲーセンから出るのがまた大変で。時間を決めてもダメ。おやつ買って帰るよーとか食べ物で釣ってもダメ。泣く。
最終的にはチビを無視して歩き去る(ふりをする)か、誘拐でもするように抱っこして連れていくかのどちらか。

まばゆい照明と騒がしい電子音。ゲーセンは刺激が強すぎて2歳児には不向きだと思うんだけどなぁ。。。
[PR]

by studio-yaya | 2010-01-25 23:57 | 日々のできごと | Trackback | Comments(0)  

出会い、再び

飲み会、再び。
mixiで見つけた"英語会"、地元で英語を話せる人、話したい人の集まり。

会場はぷくいち
今回も新しい出会いがたくさん。いろんな仕事のいろんな人がいて、あーそういうきっかけで英語が話せるのね、なんていうのはまぁ自己紹介程度で、話はあっちこっちへと広がり、とても楽しい時間を過ごすことができました。
地元で生まれ育った人と多く知り合えたのも1つの収穫。そういや"ご近所さん"ってあんま知らないので、ローカルな情報はあんまり聞けないのですよ。でもマスターが超ご近所だったり、他にも近くのスーパーとかで会っちゃいそうなくらいのご近所さんが何人もいるのが分かり、地元つながりの知り合いがぐっと増えて嬉しいです。

お店は小さなバーで、この会の集まり以外にも常連さんがぶらりと一人で店に来ては1,2杯飲んで帰っていくという感じ。こういうお店、いいなぁ。一人暮らしだったら入り浸ってしまいそうです(^^;


そういや私はまた外人かと思われてたようです。ガイジンがいそうな場所に行くと間違われるのね私って。
[PR]

by studio-yaya | 2010-01-24 22:18 | 日々のできごと | Trackback | Comments(0)  

映画を女性学する

大学の開放講座、後期も引き続き通いました。金曜日にテストがあり、これで今年度は終了。
前期は国連とジェンダーという少々固めのテーマだったけど、後期は女性学の目で見た映画がテーマ。
映画史から始まり、映画創生期から現在に至るまでのヒロイン像、セックスシンボルとして人気を集めた女優、女性監督の話などを聞きました。

先生は研究家というより趣味として映画を楽しんでいるような方で、とても楽しそうに話してくださるのでこちらも楽しく授業を聞けます。ノートも1コマで3ページとかメモとっちゃう。

映画はかつては男性が作って男性が見るもので、その中に登場するヒロインはその時代の男性が理想とする女性の姿で、若くて可愛くて性格が良くて。。。というステレオタイプなもの。そしてセックスシンボルと呼ばれる、胸の大きさや脚線美を売りにしたセクシーな女優も登場。それも今は廃れ。。。
あまり知られてはいないけれど、映画の初期の頃から女性の映画監督はいて、今も男性とは違った目線の映画を撮る女性監督が多くいるようです。超超大御所でない限り私は監督の名前なんて意識したことがなかったけど、ポリシーを持って映画を撮り続けている女性監督も多いので、その人の作品を全部見てみるというのも面白そうだな、と思っています。

映画という娯楽を扱っていて、知った名前が出てきたりもするので、とても身近に感じられて面白いです。身近で何の気なしに接している情報をこうして学問の目で見ると、また違ったものが見えてくるわけで、ハッとする発見もあったりします。

女性監督の有名な映画も多数あるのですが、いまだにアカデミー賞最優秀作品賞の受賞はなし。圧倒的に男性優位の映画の世界で、多くの女性監督は奮闘しているそうです。



来年度はどうしようかな? またこういう公開講座を聞くもよし、もうちょっと実用的なお勉強を何かするのもよし、焦ってあれこれ手を出さずに今の仕事と育児に力を注ぐのもよし。。。
[PR]

by studio-yaya | 2010-01-23 00:24 | 日々のできごと | Trackback | Comments(0)  

女の子の制服

mixiニュースより

ちょうど数日前に夫とこの話をしたばかり。
寒さの盛り、1月。ダウンジャケット着こんで自転車に乗る私とすれ違う女子高生は、スカート姿。黒ストッキングの子もいれば、ハイソックスのみの子も。
寒くないのか?といつも疑問に思ってた。

私も中学校時代は制服で、当然スカート。北海道だもの、冬場は寒い寒い。それでもスカート。規則だから。
でも、規則だからって寒い恰好を強制されるのってどうなんだろ? スカート履いて体が冷えて風邪でも引いたらどうするのかね?

スカートの下にジャージを履いてる部活帰りの子がいるけど、あれはいただけない。そうじゃなく、制服の上とちゃんとコーディネートされたパンツルックがあってもいいんじゃないだろうか? スカートとどちらを選ぶかは生徒に任せてもいいし、そもそもスカートにする理由なんてないんだから全員パンツルックでもいい。動きやすくていいじゃんねー。
そういう風にならないのはどうしてなんだろう? とスカート嫌いの私は思うわけです。。。
[PR]

by studio-yaya | 2010-01-21 23:43 | ニュース | Trackback | Comments(0)  

「臓器は「商品」か―移植される心 」 出口 顕 著

絵本の中のアンパンマンは、顔を丸ごと入れ替えている。頭を入れ替えても、アンパンマンはアンパンマンのまま。性格も心もそのまま引き継がれている。頭が入れ替わっても、脳が入れ替わっても、その人はその人であり続けるのか? だったら脳の移植も可能なのか?。。。と、この本はアンパンマンの話から始まる。

なんとなく内蔵の移植はアリと思えるけど、脳の移植となるとありえないことだと感じる。それはその人の性格、心が脳にあると無意識に感じているからだ。

臓器移植の技術はどんどん発達しているけど、臓器は「商品」ではなく「記号」として扱われるため、誰でもが受け入れられるものではなくなっている。「記号」とは、元々の所有者の存在と切り離せないものということ、所有者の分身であるということだ。全くのモノとして扱うことができるのなら、臓器移植はさほど難しいものではない。でも提供者(ドナー)にとってもレシピアントにとっても、それは単なるモノとは思えなかったりする。
臓器移植の話には、脳死の問題もついてまわる。脳死の判定基準は現行のものでいいのか? 日本人の死生観は? そしてそれは他国とは違うのか?


私は、自分の臓器は提供しても構わないと思っている。でも夫がもし先に亡くなったとしたら、その臓器を提供できるだろうか? できないような気がしている。さっきまで生きていた家族を、医者が「死」と判定したからと言ってモノ扱いできるような気はしない。臓器移植に適さない、フレッシュじゃない状態になってからやっと死を受け入れられるかもしれない。それでもモノとは思えないような気が。
理論として思いを巡らすことはできるけど、いざ自分や自分の家族に置き換えて考えてみるとなかなか難しい。

「臓器は「商品」か―移植される心 」

臓器は「商品」か―移植される心 (講談社現代新書)

出口 顕 / 講談社


[PR]

by studio-yaya | 2010-01-20 23:00 | | Trackback | Comments(0)