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「アメラジアンスクール―共生の地平を沖縄から」 与那嶺 政江, 野入 直美, セイヤーミドリ 著

言葉は知っていました、「アメラジアン」。アメリカ人とアジア人の子供。日本でこの言葉が使われるのは、沖縄関連の場。沖縄→米軍基地、ということで、沖縄の「アメラジアン」の多くは米軍関連のアメリカ人男性と周辺に住む日本人女性との間に生まれた子供です。

私は沖縄には行ったことがないけど、イメージとしては、米軍が良くも悪くも大きな影響力を持っていて、常に基地問題で揺れているけれど、日常生活の中ではアメリカ人も日本人も近くに住んでいて、それなりに共存していて、「ガイジン」差別的なことはあまり多くないんじゃないか、と思っていたのだけど。
実際は、そう簡単ではないらしい。
アメリカ人と日本人との間に生まれた子は、学校では「ガイジン」とからかわれ、日本での生活の中で英語があまり上達せず、アメリカ人の親や親戚とのコミュニケーションがうまくいかず。。。などと問題を抱えているんだそうだ。少し違う外見のせいで日本人とみなされず、かといってアメリカ人でもなく。。。どちらにも属せない、居場所のなさを抱える子供達。

この本は、そんな子供達のために学校を作った人たちの話。登校拒否になったりしたアメラジアンの子供達のためのフリースクール、そして同じ境遇の友人を作るための場。母親達が手弁当で活動を始め、異文化交流や学校制度などの専門家とのつながりを得て、制度的にも整ったものになっていく過程が記されている。

「アメラジアン」とともに使われる言葉、「ダブル」。今まで両親の人種が違うと半分を意味する「ハーフ」と呼んでいたけど、これからは「ダブル」と呼ぼう、両親から2つの異なる文化、言葉を吸収することで、半分どころか2つを併せ持つ人間になろう、という考え方。公立の学校の枠組みではこれは難しく、授業料のバカ高いアメリカンスクールに誰もが通えるわけではない。そこに、アメラジアンスクールの存在意義がある。

私は「人種の坩堝」アメリカでの生活から日本に戻ってきて、外国人と接する機会はすっかり絶えてしまった。でも、私に何かできることはないだろうか?と、時々考える。アメリカでは、無料の英会話クラスや外国人向けのイベントなど、「ガイジン」である私を迎え入れてくれる場があり、随分助けられた。今度は私が何かできないだろうか? この本を読んで、学校を作ってしまった母親達のパワーに圧倒されつつ、そんなことを思った。

アメラジアンスクール

by studio-yaya | 2009-03-27 22:00 |  

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